短期留学の思い出

高校2年生の時、オーストラリアに短期留学しました。

夏休みに希望者だけ行く旅行で、約2週間の日程で旅費が25万円ぐらいだったような気がしますが。うちはその頃は貧乏だったので(貧乏な時期とそうでない時期が交互にあるような家庭でした。)アルバイトをかけもちして費用を貯めました。

1週間ほどは現地家庭にホームスティで、前後合わせて1週間ほどはシドニーとタスマニア島でホテルステイの観光旅行でした。

高校生の時に住んでいた市が、オーストラリアのとある市と姉妹都市となっていて、そのこともあってその姉妹都市にある高校と、私が通っていた高校が姉妹校となっていました。その姉妹校の生徒の家にホームステイし、その間の日中はその学校へ行きました。

いろんな授業をホストの子と一緒に受けました。

家庭科の調理実習があり、その時のメニューが偶然なのか、あえてなのかわかりませんが、「スキヤキ」でした。詳しくは覚えていないのですが、とてもスキヤキと言えるレシピではなかった記憶だけあります。

衝撃的だったのが、皿洗いの時、皿が泡だらけのまま拭いていたことでした!

日本からの移民も多く、日系の子と友達になりました。さらちゃんというかわいい子でした。

オーストラリアの高校生はみんなメイクしていて、ホストの高校生の子がノーメイクの私にメイクしてくれたのですが、仕上がりが”積み木くずし”でした(お分かりになるでしょうか?)汗

ホストファミリーは何度かホストとして受け入れしたことがあったようで、慣れていてみんなとても良くしてくれました。大学生のお姉さんが金髪でとても美人でした。

レンタルビデオ店に行ってビデオを借りて、みんなでリビングで観ました。(高校生の男子2人がタイムトラベルする、みたいな話でした。)

ホストファミリーのお父さんはお肉屋さんでした。ジャガーの車に乗っておられて、ジャガーの会みたいなのの集まりのバーベキューに連れて行ってくれました。

ホームステイの最後に、遠足のような感じで、姉妹校の生徒たちとフィリップアイランドへ行きペンギンパレードを見学しました。

赤ちゃんペンギンがよちよち歩く姿は本当にかわいらしくて、ペンギンパレードはいつか子供たちを連れて再訪したいと思っています。

そうえいば、着いて早々、私のカメラの電池が切れて、ショッピングセンターみたいなところに連れて行ってもらったのですが、その時100オーストラリアドルで払ったら、ニセ札と疑われてしまいました。

日本の空港で出発前に200ドルだけ両替したら、渡されたのが新札の100ドル2枚だったんです。

子供がシワのない100ドル札を持っていることが不自然だったようです。

以後、旅行で両替する時は高額紙幣はもらわないようにする、というのが教訓です。

外国では高額紙幣は嫌がられることも多いですね。

また、新札だとちょっと折り目を付けたりくしゃくしゃにするとか必要です。

帰国前に行ったタスマニア島でも、なんとなくしか覚えていないのですが、楽しかった印象があります。

初めてパスポートを作って行った海外でした。

カルチャーショックもたくさん経験しましたが、全体的に旅行が楽しかったので、以後、いろんな国に行ってみたいと思うようになり、英語をがんばれたのかもしれません。

やっぱり英語学習のモチベーションってそういうところからくるのでしょうかね。

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